2013年4月17日水曜日

こちらが未来を映すことのできる鏡でございます


男はその道をいつも通っているはずなのに、この店が目にとまったのは初めてなような気がしていた。



店の外観は、どこにでもあるような、アンティーク雑貨の店だ。

車で横を通り過ぎた時にたまたま目にとまり、何故か強烈に気になって、いま再び訪れている。しかし―――案の定―――、期待していたほどの何かがあるわけでもなく、なんとなくこじゃれた食器やらを手に取り探っていたのだった。



いい加減あきてきて、帰ろうとした時、店主らしき人が話しかけてきた。

「何かお探しですか?

「いえ。なんとなく立ち寄ってみたくなったもので」

「そうですか。たいしたものもなくてすみません」

あはは、と笑い、正直面倒だったが、男はひとつ聞いてみることにした。

「この店で1番珍しいものはなんですか?

「珍しいものですか」

店主は、相変わらずとても落ち着き払った様子で言った。

「ひとつだけ、大昔に海外から持ってこられたといわれる鏡がございます。その鏡は、未来をうつすとも言われておりまして、気味が悪いので、店の奥にしまってあります。もしよろしければお持ちいたしましょうか?

「未来をうつす?面白そうですね。是非みてみたいです」

「かしこまりました」

店主は店の奥の方へと消えてゆき、すぐに、姿見用くらいの大きな鏡を持ってきた。

「こちらでございます」

男は、鏡に映る自分を見た。すると、そこに映っていたのは、いまよりもずっと良いスーツと靴をはき、いかにもできる男風な自分の姿だった。どういう仕掛けなのかはわからなかったが、その姿は自分にしか見えていないらしい。店主も、この様子では、何もわかっていないようだ。

「こちら売り物ではありませんので、もしよろしければ、そのままお持ち帰りいただいても構いませんよ。店にあっても邪魔になるだけですし」

申し訳なさそうに店主は言う。
男は、これはラッキーだと思い、すぐさま鏡を家に持ち帰ることにした。



さっそく家に帰って鏡を見ると、先ほどのイケイケな自分が、今度は、大きな札束を持ちにやにやとしていた。鏡が本当かどうかはまだ疑っていたが、男はとてもいい気分になった。こんな風になれれば幸せに違いない。男は、仕事から帰ると、毎日鏡を見て妄想にふけるようになった。

2週間ほどたったころ、男の生活に変化が訪れた。しばらく前にボツとなったプロジェクトを、再度検討し直すようにと突然言われたのだ。男は、予想もしていなかったことに、「これも鏡の力に違いない」と思うようになった。自分にはきっと成功する未来が待っている。そう思い、はりきっていつもよりも何倍も働いた。

それを長い間続けて行くうちに、男の評価はだんだんと上がっていった。いつの間にか、男は、鏡にみたような札束を手にする、理想の姿を手に入れることができたのだ。

鏡に映る自分の姿は、日に日に華やかになっていた。次の日には、女を何人も侍らせ、次の日には、太陽が照りつけるリゾートを満喫していた。男は有頂天になった。「自分の未来はバラ色だ!楽しいことしか起こらないぞ!



いつからか、男は努力をしなくなった。未来はすでに決まっているのだから、ただ流れに任せておけばいいのだ。男は毎日遊び続け、鏡を見るのも、3日に一度、1月に一度と減っていくのだった。

ある朝、2日酔いから目覚めた男は久しぶりに鏡を見た。すると、そこに映っていたのは、非常に怯えたようすの自分の姿だった。何かから追われているように、目が泳いでいる。

男は少し危機感を覚えたが、すでに一生何もしなくても暮らせるくらいのお金は持っていたので、気にしないようにしていた。しかし、来る日も来る日も、同じようなイメージが続く。さらには、銃を持った、いかにも凶悪そうな連中に追われている姿さえ映し出された。男は日に日に焦っていったのだった。

男はあまり外に出ないようにすることにした。たしかに、これだけ目立ってしまえば、自分を殺したくなるような輩も出始めるのだろう。男は、毎日鏡を見ては怯え、生きるのに最小限のものだけを買い、ほとんどの時間を家で過ごした。そうすれば、自分を殺したいと思っている輩もいなくなるだろうと考えたのだ。しかし、状況は一向に良くならず、ついには、スーツさえもなくなり、ぼろぼろの衣服をまとい、寒さに震える自分の姿を見るようになった。



ついに、このままでは頭がおかしくなると考えた男は、鏡をあの店へ戻しに行くことに決めた。

「この鏡を見ていると自分がおかしくなりそうなんです。しばらく誰もいないところへ旅に出ようと思います」

男は店主にそう言って鏡を預けると、ぼろぼろの衣服をまとい、あてもなく旅に出掛けたのだった。

彼が去ってしまった後、店主が言う。

「愚かな男め。鏡の魔力に耐えきれなくなったのだ。銃に追われる姿は、"ハリウッド映画に出演している自分の姿"だったというのに。そのままにしていれば、さらに良いことが待っていただろう。それを、自分で勝手に決めつけ、引きこもり、ダメにしてしまったのだ。やはり、これは奥にしまっておくに限る」

店主は、鏡を布で包み、再び店の奥へとしまってしまうのだった。



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肺がんの告知かたわずか数時間で死亡 我が子に別れを告げるひまもなかった29歳女性の話

  • この世は理不尽なことばかりだが、今英国民はある若い女性の死に心底「神も仏もない」と心を痛めている。カースティー・アレンさんは29歳という若さで肺がんを発症し、特異なタイプの肺がんであることを告知されたわずか数時間後、2人の幼い我が子に別れを告げるひまもなく亡くなったという。


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