2013年4月10日水曜日

もくもくさん



少女は寂しい子供だった。




いつからか、好きな時間に、好きな場所で、現れてくれる友達がいたらなあと妄想するようになっていた。



しかし、彼女はとにかくいつもひとりぼっちで、話し相手などいなかったので、そのたびにため息をつくのだった。



その日も大きなため息をつこうとすると、口、というより、お腹から何かが戻ってくるような感覚に襲われた。それは、げろげろと嘔吐されるわけではなく、するすると勢いよく飛び出した。気分が悪くなったわけでもなかったので、少女は、一体何が起こったのだろうと驚いた。



見ると、吐き出されたものは、白い煙であった。水煙草の煙のように、淡く、消えてしまいそうだが、しかし、存在感のある、白い煙。ふわりとただようその煙は、クラゲのように宙をさまよう。そして、どこへ行くこともなく、私の目の前で、語りかけるようにその姿をとどめるのだった。



「あなたは誰?



少女は煙に話しかけた。



すると、待っていたかのように、煙が一度大きく収縮したかと思うと、ぱちりとかわいい両目が少女を見ていた。
煙はもくもくとホバリングしている。



煙は言葉を言わなかったが、少女には、それが自分のために現れたことが分かった。
彼女はただただ煙を見つめ、時間を忘れた。その時だけは幸せだった。



「あなたはきっと、もくもくさんね」





少女は、煙をもくもくさんと呼んだ。もくもくさんは、車と同じくらいの大きさの時もあれば、手のひらほどの時もあった。気がつくと消えてしまっていたが、少女が大きなため息をつくと必ず出てきてくれるのだった。



やがて少女は成長し、大好きな友人や恋人など、これまで持っていなかったものを見つけることができた。日々の生活は忙しく、しかし、充実していた。少女は、もくもくさんのことなどすっかり忘れてしまっていた。



物事が順調に進み、落ち着いてきた頃、少女はようやく、もくもくさんのことを考えるようになった。そういえば最近姿を見ていない。いまごろどうしているだろうか。



久しぶりにもくもくさんに会いたいと思った彼女は、大きくため息をついた。しかし、もくもくさんは現れない。少女がいくらため息をついても、ただ、息が漏れるだけであった。何度も試していると、少女はつかれてきたし、悲しくもなった。もくもくさんはどこへ行ってしまったのか。もう会うことはできないのだろうか。



少女は寂しくなり、大きなため息をつく。



すると、大きな大きなもくもくさんが、家じゅうに広がった。相変わらず、可愛い目をぱちくりとさせ、こちらを見ている。少女は喜び、それに抱きつく。その夜は、延々ともくもくさんに語りかけ続け、気が付いたら眠っていたのだった。



次の日、久しぶりにもくもくさんと会うことができ、少女は満たされていたが、それが続くことは決してなかった。



もくもくさんは、寂しさの分だけ大きくなり、心が満たされている時には姿を見せないのだ。



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