永作は赴任してきた学校で、その学校が特殊な評価に基づいて評価が行われていることを知らされる。
それは雰差値教育というもので、教室の後ろに陣取る3人の委員がつける教室の雰囲気の数値―――雰差値によって教師の評価ばかりかその教室で学ぶ生徒の進路まで左右されるというものだった。点数は、教室の1番後ろに、教師がそれを見ることができるよう、リアルタイムで電光板に表示される。
雰差値はお調子者、委員長、不良、ガリベンなどそれぞれの生徒が自分の個性を発揮しつつ、しかし、クラスとして一体感をもっていなければ数値が上がらないということだった。
永作は、そのシステムがいまいち理解できておらず、初め、ごく普通の授業を行った。教科書に沿って授業を進め、適度に質問をし、分かりやすく板書をする。以前の学校では、ポイントを絞った授業で高い評価を得ていたのだ。
しかし、雰差値はひどいものだった。
最初の授業ということもあり、授業開始こそ54あったが、あっという間に30くらいまで落ちてしまったのだ。
ひどい雰差値を出した永作は、戦略を練ることにした。数字を上げればいいだけだ。前の学校でやっていたことと変わらない。
永作は、熱血教師を演じて数字を上げようとした。
テレビで見るような、典型的熱血教師だ。
作戦は功を奏し、雰差値は徐々に上昇、一時期は60を超えた。
しかしながら、雰差値を上げることはそれほど甘くなく、生徒たちはキャラに飽きてしまう。雰差値はすぐに40代へと戻ってしまったのだ。
校長に呼び出された永作は、その程度ではまるでだめ、生徒の進学もままならないとプレッシャーをかけられる。
元々進学校にいたプライドもあり、永作は、雰差値を上げることに尽力した。
永作はさまざまな裏工作に手を出す。不良とお調子者を大喧嘩させるように仕向け、自分が中に入って仲直りさせて信頼を得る、ガリベン君を影から精神的に追い詰め、自殺しそうになったガリベンをクラスみんなで止める・・・。
2カ月ほどたったころ、あざとい裏工作は功を奏し、クラスの雰差値は急上昇。
校長にはあと少しでトップクラスだと言われ永作は喜ぶ。
放課後、教室に置きっぱなしだった資料を取りに戻ると、一人の女生徒が残っていた。泣いているらしい。話しかけないわけにもいかず、「どうしたんだ」と声をかけた。「妊娠したの」女生徒はそう答え、「誰にも言わないで」と付け加えた。
帰宅後、永作は考える。このことが知れてしまえば雰差値に大きな影響が出る。やはり黙っておくべきか―――その時、永作はあることを思いつく。
「今日は、みんなに話しておかなければいけないことがある」
永作は黙っていてくれと頼まれた妊娠事件も雰差値上昇に利用することにしたのだ。
女生徒の妊娠を教室で告知、「みんなの問題として考えよう」と呼びかけ、女生徒の涙を誘い、クラスの雰差値はさらに上がる。
あと少しで目標値だ。永作はほくそ笑む。
しかし、そのとき、クラスの中でも問題児の不良であるAが、突然声を上げた。
「誰のガキだよ」
Aはナイフを持っていた。
クラスは騒然、パニックとなる。
待て。ちょっと待て。雰差値が―――。
電光板の数字は見る見るうちに下がってゆく。永作は焦った。
Aは、女生徒につかみかかろうとしている。なんとかしなければ。
「せんせい、何とかしてよ」
「お願い、先生」
熱血教師のキャラをつくりあげていた自分に、何人もの生徒が泣きついてくる。
永作は、踊らされるようにクラスの中心へとたどり着く。
生徒は悲鳴を上げた。
そこには、女生徒をかばって刺されてしまった永作がいた。床には血が滴る。
「せんせい・・・」
「せんせいがかばって・・・」
「せんせい・・・俺・・・せんせい!」
泣きだす生徒が永作の周りに集まる。
生徒を守って先生が犠牲になってくれた、と生徒達は感動、60―――70―――80―――雰差値は上昇する。
その時、授業終了のチャイムが鳴った。
同時に、生徒たちはその場を離れ、すぐさま荷物を片付けて帰りだす。
永作は状況が理解できなかった。
帰り際に、女生徒が言う。
「妊娠なんて嘘だから」
Aが続く。
「ナイフはおもちゃで、血はそこから出た血糊な」
「先生がのってくれたおかげでうちのクラスの雰差値は特Aランク」
「ありがとう先生」
永作は反応できない。
刺された腹を探ると確かに傷など付いていない。
「雰差値さえ上がればいい、あんたなんか必要ない」
教室にはだれも残っていなかった。
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