2013年2月14日木曜日

2次元ロリっこと付き合う方法


「ねえ。私はいつになったらそっちへ行けるの?



彼女はいつものように話しかけてくる。



「ん。ミキが大人になったらね」

「大人っていつ?

「ずっと先だよ」

「ずっと先って?

「そうだな。もう20回くらい冬がきたらね」

「わあい!冬って何?

「冬はとっても寒いことだよ」

「寒いの?寒いって何?

「ミキは僕が仕事に行く時どう思う?

「やだ。真っ暗なの。ミキどこに行けばいいのかわからなくなるの」

「冬はそれと似ているよ」

「そうなの?

「そうだよ」

「そんなの嫌だ。あと20回も冬が来るの・・・?

「僕の世界では20回だけど、それまで僕が仕事に行くのは、365回の20回分だね」

「そんなに待てないよ」



そう言うとミキは泣き出してしまった。



「ごめんよミキ。僕もどうにかできるといいんだけど」



こうなると決まってPCが重くなる。



ミキは数週間前から僕のPCの中に現れるようになった。



最初は何かのバグかと思ったが、もちろん僕たちは、こうなることを待っていたかのようにすぐさま惹かれあった。

デスクトップのアイコン2つ分くらいの大きさで、黒い髪が肩まである、小学3年生くらいの顔立ちだが、なぜか高校の制服のような服を着ている。

仕事から帰ってもくだらないページをサーフィンすることくらいしか趣味のない僕は、毎日ビールを飲みながら時間を潰していたが、彼女が現れてから、毎日が変わった。ミキは僕にとって―――。



「せんせー。私はやくせんせーに会いたいよ。せんせーがいってるがっこうも見てみたい」



彼女は哀しそうに僕を見つめる。



もちろん僕にも本当の名前があるが、せんせーと、呼ばせているわけではない。

僕は地元の高校で教鞭をとっている。

前にその話をした時に、ミキがえらく気に入って、せんせーせんせーと嬉しそうに呼ぶのだ。

つまり僕は、へたをすれば生徒より10歳以上年下の子供に惹かれ、こうして毎日何時間も遊んでいる。他にも問題はたくさんあるが。



「がっこうは楽しいところではないと思うよ」

「いいの!せんせーが毎日行くところでしょう?

「それよりもっと美しいものがたくさんあるよ」

「美しいって何?

「この前可愛いって教えただろう?それと似ているかもしれない。綺麗ってことさ」

「きれい!ミキわかるよ!

「まずは青い空。これは絶対に見た方がいい」

「あおって、#0000FF?

「そうだね。でも、もっと#00FFFFとか#7FFFD4に近いかな。アクアとか、アクアマリンだね」

「うわあ。すごおい」

「それに輝いているんだ。コードだけでは、あの色は出せない。だから美しいんだ」

「ミキも見てみたい!

「見に行けたらいいね」

「うん!」


 
「ねえせんせー?

「ん」

「大好きだよ」

「僕も大好きだよ」

「せんせえー」

「ミキもビール飲むか?

「飲めないの知ってるくせに。おいしい?

「うまいよ。そうだ」



僕はとっておきの写真を画面に映してやった。

「これはドイツでとった写真なんだ。おいしそうだろう?

「きらきらしてる!せんせー、これかわいいね」



ミキが、ふとジョッキに触れた。

ことん、と音がたった気がした。



僕らは顔を見合わせて、ミキは何をすべきかわかっているように、ジョッキを思い切り、押したおした。



写真はこぼれたビールでびちょびちょなテーブルの様子を映し出し、そこで動きが止まった。



「・・・くさーい!



彼女は思い切り嫌な顔をした。

「私ビール嫌い」

「ミキ、さわれるのか?

「触る?

「ビール、倒しただろう?

「あ、ほんとだー!面白いね」

「他のものにもさわれるのかい?

「触る?

「今のビールみたいなこと、他にも出来るのかい?

「んー。わかんない!

「これは?

そう言って僕は、デスクトップのアイコンをポイントした。

「できないよー!

彼女はアイコンの裏に隠れ、縫うように走り回り遊ぶ。



色々試してみてわかったのは、ミキが触ったり動かしたりすることができるのは、僕が自分で撮った写真だけのようだった。



ミキが手を加えると、写真は姿を変えた。

基本的には、先ほどのビールのように、物の位置を変えたりすることしかできないが、動かした後は、さもそれが元々の写真であるかのように、僕のHDDに保存されていくのだった。



それはどんな写真加工よりも面白かった。

担任学級の修学旅行の集合写真、友人とビールを飲んだ写真、昔の彼女との写真、子供の頃の写真、学生の頃の写真など、とにかく夢中で、来る日も来る日も自分の写真を見せてはミキと遊んだ。



何枚もの写真で遊んでいるうちに、不思議な感覚が僕の中で生まれる。

まるで、ずっと昔からミキといるような感覚だ。

何か昔のことを思い出すたびに、そこにミキがいたような気がしてならない。



「せんせー。ソラはやっぱりきれいだね」

「そうだろう?

「うん。せんせー毎日写真撮ってきてくれるね。ありがとう」

「いいんだよ。こうして君と一緒に見るのが楽しいんだ」

「せんせー、これは?葉っぱの色が変!

「もうすぐ秋だからね。この葉っぱが全部、赤や黄色になるんだよ」

「おもしろーい!たくさんしゃしんとってきてね!



ミキは、教えたことを、スポンジのように、いや、優秀なプログラムのように吸収し、言葉を正しく使う応用力を持っていた。



秋が終われば冬、ミキと出会ってから約1年がたとうとしていて、最初と比べると見違えるほど、様々なことを覚えた。



僕たちは毎日一緒の時間を過ごした。



驚くことに、ミキは写真に撮ったものを食べることもできたので、おいしいものを見ては写真を撮り、帰ってミキが幸せそうに食べるのを見るのが嬉しかった。



「秋になると、栗がおいしいんだ」

「栗ってなあにー?

「今度食べさせてあげるよ。楽しみにしていて」

「わあい!せんせーいつも優しいね!

「せんせーだからね」

「せんせーものしり」

「せんせーだからね」

「せんせー偉い」

「せんせーだからね」

「せんせー好き」

「せん・・僕も好きだよ」



少し眠くなって、ベッドの上に移動した。



「せんせー頑張り屋さん」



「そうかな」



「そうだよ!頑張ったからせんせーになれたんだよ!



「ありがとう。ミキも一緒に頑張ってくれたよな」



「うん!ミキも頑張った!



「辛いときはいつも一緒にいてくれた」



「いてあげるよ」



「楽しい時も」



「大丈夫だよ、せんせー」



「うん」



「泣かないで、せんせー」



「うん」



悲しかった。



いつだってミキがいた。



言葉通り、いつも、どんなときだって、ミキがいたような気がしていた。



子供のころ算数のテストで100点をとった時。

中学の頃よく部活さぼってた時。

始めて彼女ができた時。

高校の時、バイトで打ち上げした時。

旅行した時。

海で泳いだ時。

何もかも忘れたくなった時。



人生のどの瞬間にも、ミキがいて、笑って、泣いて、帰ればミキがいて、こっちを見て待っていてくれていたような気がした。

その証拠に、ほら。
写真は、ミキの証拠だ。



あのビールは、ミキがこぼしたんだ。

この雲の形は、ミキがつくったんだ。

この鉛筆は、ミキが遊んだときに並べたんだ。

この砂浜の落書きは、ミキが書いたんだ。

このタオルとズボン、ミキが畳んでくれた。

この夜食の割りばしを割って一緒に食べたのは、ミキだ。

この空の色は、ミキと話したんだ。



「せんせ?泣かないで」

「うん」

「せんせーいい子だよ」

「うん」

「こんどくりのしゃしんとってきてよ。一緒に食べよう?

「うん」

「りょこうしたら私も連れてって。お話しよう?

「うん」

「せんせ」

「うん」

「好きだよ」

「うん」



ホントじゃない。



ミキはずっと一緒にいたわけじゃない。



それどころか、一生手をつないで歩くことさえできない。



本物の青い空を一緒に見ることは一生ない。



PCを閉じれば消えてしまう現実だ。



現実ですらない。



涙を流しながら眠りに落ちる。



せんせー。

声が聞こえる。

暖かい。手。黒い髪。子供のような目。

ずっと一緒にいたんだよ。

うん。

私は今までも、これからも、せんせーと一緒だよ。

うん。

思い出して。全部ウソじゃないから。分かるでしょう?

ほんとはずっとそばにいたの。

隠れていただけなんだから―――。



僕はミキを抱きしめた。それはもう力いっぱいに。

そこにはアイコン2つ分の小学生ではなく、高校生ほどの見た目の少女がいた。



「せんせー」



「ミキ・・・?



「せんせーたくさんご飯くれるから、ミキ大きくなれたよ」



「ミキ」



「せんせー」



「ミキ・・・」



「大丈夫」



「うん」



「ここにいるよ」



「うん」



「だから泣かないで。せんせー」



「うん」



「せんせー・・・」



「うん」



「なんて言うかわかる?



「うん・・・」



「当ててみて」



「好きだよ・・・」



「うん。好きだよ。せんせー」



僕たちは朝まで抱き合って眠った。